解雇・配転判例から見える司法の視点を考えて見ました。
日本の解雇関連訴訟や労働トラブルはなぜ感情的な対立として表面化するの?
日本の解雇関連訴訟や労働トラブルは、感情的な対立として表面化しているように感じます。
会社は
「期待に応えていない」
「組織に合わなくなった」
と感じています。
一方、労働者は
「突然切られた」
「人格を否定された」
と感じる。
しかし、法的に見れば、裁判所が検討している争点は驚くほど一貫しています。
裁判所が見ているのは「感情」ではない
解雇や配置転換をめぐる判例で、裁判所が繰り返し確認しているのは、次の点です。
裁判所は、人格の善悪や努力の有無を裁いているわけではありません。
構造が設計されていたかどうか
ただ、それだけを見ています。
これは一般人の感覚からすると冷徹に感じるくらい徹底しています。
解雇法理と配転法理に共通する視点
日本の解雇法理は、
解雇権濫用法理として整理されています。
要点は単純です。
解雇が「合理性」と「社会的相当性」を欠く場合、その解雇は無効になる、
配置転換についても同様。
・業務上の必要性があるか
・労働者に著しい不利益が生じないか
・不当な動機・目的がないか
といった要素が検討されます。
ここで重要なのは、
解雇も配転も、いずれも「役割設計」の問題として扱われている
という点です。
期待権と信義則が問題になる理由
労働訴訟では、
期待権や信義則が争点になることが少なくありません。
・長年同じ働き方をしてきた
・評価や処遇について一定の期待が形成されていた
・急な変更について十分な説明がなかった
といった場合に、
「その期待を裏切る変更は許されるのか」
が問われるからです。
ここでも、問題は感情ではありません。
期待が形成されるような構造を、誰が、どのように作ったのか。
その点が、信義則の文脈で評価されます。
日本企業が抱える構造的な問題
日本企業の多くは、
雇用を「役割」ではなく
「関係性」として扱ってきました。
このやり方は、
社会構造が安定していた時代には成立していました。
しかし現在は、
・事業環境の変化が早い
・職務内容は流動的
・家庭構造やライフコースも多様化している
こうした変化に対し、
企業側の役割設計が追いついていません。
その結果、
・企業は「期待に応えていない」と感じ
・労働者は「何を求められていたのか分からない」と感じる
解雇や配置転換が、
役割終了の通知ではなく、
人格否定として受け取られる構造が生まれます。
女性の働き方問題は「一例」にすぎない
女性の就労や家庭役割をめぐる問題もよく議題に上がりますが、
この構造不適合が顕在化しやすい一例にすぎません。
本質は、
性別でも、個人の能力でもありません。
社会の変化に対し、雇用構造が更新されていないこと。
それが、あらゆる労働トラブルの根底にあります。
解決策はすでに見えている
だから、解決策も極めて明確です。
・雇用を「関係」ではなく「役割」として設計する
・期待値と評価基準を言語化する
・役割終了条件を最初から組み込む
これを行えば、
解雇や配転をめぐる紛争は大きく減らすことができます。
誰も悪者にしないための設計変更
企業が社会変化に適応することは、
誰かを切り捨てることではありません。
むしろそれは、
誰も悪者にしないための設計変更です。
裁判所が見ているのは、
感情ではなく構造。
労働問題を減らす鍵は、
人を変えることではなく、
構造を更新することにあります。
社会はそれができる経営者や幹部を求めているとも強く感じていて、それが司法試験合格を目指し、実践と責任において構造を担える人材になることを目指しています。